先日、70代の方から「パソコンを買い替えたい」という相談を受けました。
長くITの仕事をしてきたので、こういう相談はときどきあります。今回もその一つ——のつもりでした。
ところが話を聞いていくうちに、これはパソコンの話ではないと気づきました。
証券会社に、断られていた
その方は、株の取引を30年ほどされています。久しぶりにネットで取引しようとしたところ、ログインできなかったそうです。証券会社に問い合わせると、「今のパソコンでは駄目だ」と言われました。
書斎で実物を見せてもらいました。一体型のパソコンで、画面には「Windows 8」と出ていました。
Windows 8.1のサポートは、2023年1月に終わっています。10年以上前の機械です。「古いから」と言われれば、それまでの話に見えます。
でも、断られた本当の理由は、古いからではありませんでした。
パスキーが、動かなかった
「パスキー」という言葉を、最近よく見かけるようになりました。
ごく簡単に言えば、パスワードの代わりに、パソコンやスマホそのものを鍵にする仕組みです。機械の中の専用チップに鍵をしまっておき、指紋か暗証番号で本人だと確かめてから、その鍵で扉を開けます。
パスワードを打ち込まないので、盗みようがありません。よくできた仕組みです。
ただし、これにはWindows 10以降と、専用のチップが要ります。Windows 8.1では、そもそも動きません。
証券会社が断ったのは、これでした。性能の問題ではなく、仕組みが動かない。買い替えれば解決します。
そこまでは、分かりやすい話でした。
「セキュリティ強化は、証券会社がやるべきこと」
問題は、そのあとに出た言葉です。
セキュリティ強化は証券会社がやるべきこと。こちらにばかり求めている。お客様にセキュリティ強化を、一方的にさせている
私は、すぐには返せませんでした。
IT側にいた人間として、証券会社の言い分は分かります。不正アクセスは現実に起きていて、パスワードだけでは守れない。パスキーは正しい方向です。
でも、言われてみればそのとおりでもあります。守るための手間が、全部こちら側に来ている。
新しいパソコンを買い、Googleのアカウントを作り、スマホでショートメールを受け取り、暗証番号を決めて、パスキーを登録する。
これを、70代の方が一人でやるのです。
私ですら、最初にパスキー認証が出てきたときは分からず、ネットで調べました。
身近にパソコンに詳しい人がいなければ、悪意のある人間やサイトに相談してしまいます。証券会社にログインする前に、詐欺に遭ってしまう。
「年配の方は、解約している」
もう一つ、こう言われました。
年配の方は、パスキー認証がわからず、解約している
これが、この日いちばん重い言葉でした。
セキュリティが厳しくなるほど、ついていけない人が出ます。その人たちは、文句を言いません。黙って口座を閉じて、市場から降りていきます。
数字には表れないでしょう。「認証が難しくて投資をやめました」という統計は、たぶんどこにもありません。
でも、目の前にいる方が「みんな解約している」と言っています。30年、周りを見てきた人の言葉です。
私も、たまに通らなくなりました
他人事ではありませんでした。
60代になって、指紋認証がたまに通らなくなりました。いつもではありません。ほとんどは一回で通ります。ただ、ときどき、何度置き直しても駄目な日がある。
年を取ると、指紋の凹凸が浅くなるのだそうです。まだ、そこまでひどくはありません。ですが、この先どうなるかは分かりません。
そういう日は、結局は暗証番号を打つことになります。「便利になった」はずのものが、そのときだけ便利ではない。
70代、80代になったとき、この「ときどき」がどれくらい増えるのか。それは、まだ誰も教えてくれません。
では、どうすればいいのか
その方には、こうお伝えするつもりです。
指紋は使わない。暗証番号(PIN)でいく。
パスキーは、指紋がなくても動きます。暗証番号だけで十分です。指紋は「毎回打たなくて済む」という楽さを買うものであって、無くても困りません。
そして、もう一つ。
その暗証番号は、紙に書いてください。
「暗証番号を紙に書くな」は、長いあいだ常識でした。私も、そう言ってきました。
でも、パスキーの暗証番号は違います。
パスワードは、世界中のどこからでも使えます。漏れたら終わりです。ところがパスキーの暗証番号は、そのパソコンの前に座らないかぎり、まったく意味がありません。
書斎の引き出しに、番号を書いた紙が入っている。それを見た誰かが番号だけ持ち帰っても、何もできない。その机の前に座るしかないのです。
だから、書いていい。むしろ、書いておくべきです。
久しぶりに証券口座を開こうとしても、何もかも忘れている
その方がいちばん困っていたのは、これでした。紙が、それを解決します。
教わったのは、こちらでした
最後に、正直なことを書いておきます。
この日、教わったのは私のほうでした。
証券会社が大口の客を優先していること。最初は資本の経済、次に金融の経済が来て、今は金持ちだけがお金を増やせる状態になっていること。上場していない巨大企業の話——世界一の建設会社や、世界最大の穀物会社のことは、私は知りませんでした。
パソコンのことは、私のほうが分かります。でも、それだけです。
30年、自分のお金で相場を見てきた人の話は、本を何冊読んでも出てきません。
まとめ
- Windows 8.1ではパスキーが使えない。証券会社に断られるのは、性能ではなく仕組みの問題
- 「セキュリティ強化は証券会社がやるべきこと」——この言い分に、私は返せませんでした
- 認証についていけず、黙って口座を閉じている高齢者がいる。数字には表れません
- 60代になると、指紋認証はときどき通りにくくなります
- 対策は指紋を使わず、暗証番号で。そしてその番号は紙に書いていい(パスキーの番号は、その機械の前でしか使えないから)
パソコンは、2週間ほどと言われていたのに、2日で届きました。
自宅で組み立てて、初期設定を終えるまでにやったことは、別の記事に書きました。買い替えなのに、やった作業の半分は「前に戻す」ことでした。
▶ 【半分は「前に戻す」作業でした】70代の方に渡すWindows 11の初期設定でやったこと
その後、実際にお宅へ持って行って設置し、証券口座の手続きまで済ませてきました。この話の続きです。
▶ 【コンセントが1口足りない】70代のパソコン入れ替えで、最初に詰まったところ
今日が人生で一番若い日です。ぜひ、今日から一歩踏み出しましょう。
免責事項
本記事は筆者個人の体験・見解に基づくものであり、投資・税務・法律等に関する専門的なアドバイスではありません。実際の投資判断や、証券口座の設定・認証方法については、各証券会社および専門家にご確認ください。


コメント