屋根裏に、家じゅうの線が集まっている場所があります。
合板を渡した上に、ルーターと黒い機器が1台ずつ。壁には横一列に穴が開いていて、そこから各部屋へ線が通っています。数えると8か所。1本ずつに白い札が下がっていて、行き先の部屋名が書いてあります。
入り口は書斎です。書斎のロフトから、そのまま屋根裏へ入れます。
これを作ったのは、2000年です。家の設計をしていたときでした。完成は2001年5月。

25年たちました。
当時は、LANケーブルしか考えられませんでした
先に、いちばん大事なところを書きます。
これからはインターネットの時代が来る。 新築したら、各部屋でインターネットが使えるようにしたい。そう考えて、各部屋にLANケーブルを引きました。当時、確実につなぐ方法は、線を引くことだけでした。
家を建てる前は、アパートに住んでいました。インターネットはダイヤルアップ接続です。電話回線でプロバイダに電話をかけて、つないでいるあいだじゅう電話料金がかかる、あの方式でした。使うときにつないで、終わったら切る。つなぎっぱなしにする、という発想がありません。
そんなときに、家を建てることになりました。
無線LANも一部では聞いたことがありましたが、家じゅうが安定してつながるとは、思っていなかったので、LANケーブルを引いたのです。
工務店に渡す資料を、自分で作りました
図面を描いて、A4で2枚の資料にしました。題は「我が家の家庭内LAN配線計画」です。
中身はこうでした。
- 起点は書斎。 そこから子供部屋・和室・LDKへ引く
- ネットワークは CAT-5 の UTPケーブル(当時のLANケーブルの規格。UTPは、より線をよじって束ねた一般的な形のこと)
- 電話は別系統。 アナログ電話用のモジュラーケーブルを分けて引く
- 電話機そのものは、コードレスの親機と子機で家じゅうをカバーする

そして、資料にはこう書いてありました。
ネットワークケーブルの配管に関しては、CD管を利用することとします。また、配線を取り替える場合を考慮し、線を通しやすい様に、コーナー部分はなるべく余裕をもたせておきます。
CD管というのは、壁や天井の中に先に通しておく、樹脂のじゃばらの管です。中は空っぽで、あとから線を通したり、引き抜いて別の線に替えたりできます。
いま読み返すと、この一文だけは先のことを考えていました。何になるかは分からない。でも、取り替えることはあるだろう、とは思っていたわけです。
工事そのものは工務店です。私がやったのは、何をどこへ、どの規格で、どういう管に通すかを決めて、紙にして渡したところまでです。
「将来予定」に書いたのは、ISDNでした
資料の2枚目に、将来どうするかを書いた図があります。
新築時の図は、ノートパソコンとモデムとアナログ電話。これは実際そのとおりになりました。
その下に、こう書いてあります。
将来ISDNに切り換えた場合、引き込み位置にルーターを置いて、どの部屋からでもLANで、快適にインターネット接続できる環境になります

ISDNです。デジタルの電話回線で、当時「次はこれだ」と言われていたものでした。
これは 当時、次に来るものとして見えていたのが、それだけだったのです。
ISDNには、なりませんでした
まもなくADSLが登場しました。
電話線をそのまま使って、ISDNよりずっと速く、しかもつなぎっぱなしにできる。私はADSLに移りました。ISDNを使った記憶はありません。
そのあと、光になりました。
ダイヤルアップ → ADSL → 光。 資料に描いた矢印は、一度も通りませんでした。
いま、有線につながっているもの
25年たって、この線に何がつながっているか。
テレビが複数台。レコーダー。そして監視カメラのレコーダーです。
パソコンもスマートフォンも、Wi-Fiです。 屋根裏のルーターから飛ばしています。私がこれを書いているパソコンも、無線でつながっています。
結果として、有線に残ったのは「動かないもの」でした。 置き場所が決まっていて、大きなデータが流れ続けるもの。テレビ、レコーダー、カメラの記録装置。そういうものが線につながっています。

2000年に線を引いたとき、テレビがネットにつながる日が来るとは思っていません。
建てるときに、計画とは少し変わりました
もうひとつ、資料と実物の違いを書いておきます。
計画書では、起点は書斎でした。実際にできあがったのは、屋根裏が起点で、そこから書斎へも1本下ろす形です。ロフトから上がれるので、書斎の延長のような場所になっています。
屋根裏の壁に並んだ8か所の穴は、こういう内訳です。
- LAN 4本 — 書斎、子供部屋、和室、LDK
- テレビのアンテナ線 3本
- 電話の線 1本
計画書に描いたLANは3本でした。建てるときに、1本増えています。
屋根裏に全部を集めたのは、1か所で見られるようにしたかったからです。機器も、分岐も、そこに行けば全部ある。心配していた夏の暑さは、これまで問題になったことがありません。
線は全部生きています。 ただし、使っていないものもあります。子供部屋に引いた線は、いまは出番がありません。それでも、抜いてはいません。使えるまま置いてあります。
ちなみに、この屋根裏にはラジコンの機体も置いてあります。配線の横に飛行機が並んでいる、少し変わった部屋です。見守り用のカメラの記録装置も、この線の先にあります。
よかったとも、無駄だったとも思っていません
では、引いておいてよかったのか。
正直なところ、どちらとも思っていません。
「引いておいてよかった」と言うには、使い道が限られています。パソコンもスマートフォンも無線ですから、家の中のほとんどは、線がなくても成り立っていました。
かといって、「無駄だった」とも思いません。テレビもレコーダーもカメラも、線でつながって動いています。
当時できることを、当時できる範囲でやった。 それだけのことだと思っています。
25年先は、分かりません
私がコンピューターを触りはじめたころ、並べ替え(ソート)ひとつ動かすのにも、アセンブラを書かなければなりませんでした。 機械に近い言葉で、手順を1つずつ指示する。それが当たり前でした。
いまは、AIに頼めば大抵のことができます。
この25年で起きたことを、当時の私に説明できたとは思えません。 家の中を無線でつなぐことも、電話が小さなパソコンになることも、AIが文章を書くことも、全部です。
ですから、これから25年先のことも、私には分かりません。 10年先も怪しいところです。
ひとつだけ、いまの見立ても書いておきます。
最近の機器は、ほとんどがWi-Fiに対応しています。 テレビもレコーダーも、カメラもそうなってきました。この調子でいくと、屋根裏の線が要らなくなる日も、そう遠くないのではないかと思っています。
もっとも、これもまた予想です。当たるかどうかは分かりません。 2000年のときと同じで、いま見えている範囲で言っているだけですから。
これから建てる方に、おすすめはしません
ここまで書いておいて何ですが、これから家を建てる方に、同じことをおすすめはしません。
いまは、線より電波が主流です。売られている機器は、ほとんどがWi-Fiに対応しています。うちでも、パソコンもスマートフォンも無線です。
引いても使わなければ、ただのコストになります。 25年前とは、前提が違います。
専門家ではないので、工事の細かいことは申し上げられません。引くかどうかも含めて、工務店や電気工事の方とご相談ください。
そのうえで、もし引くと決めたのなら、25年使ってみて言えることが2つあります。
線そのものより、線を通す道のほうが長持ちします。 規格は変わります。管は変わりません。
1本ずつに、行き先を書いた札を付けておくと、あとの自分が助かります。 屋根裏で線をたどるとき、行き先が書いてあるかどうかで、かかる時間がまるで違います。
まとめ
2000年に家庭内LANの計画を立てて、2001年5月に家ができました。
- 当時は、LANケーブルしか考えられなかった(無線もスマートフォンも想像の外)
- 「将来予定」に書いたのはISDN。実際はダイヤルアップ → ADSL → 光
- 25年で替わったのは機器のほう。壁の中のLANケーブルは、そのまま
- いま有線につながっているのは、テレビ・レコーダー・監視カメラのレコーダー。動かないもの
- パソコンもスマートフォンもWi-Fi
- よかったとも、無駄だったとも思っていない
- これから建てる方には、おすすめしない(いまは線より電波。使わなければコストになるだけ)
分かったことは、ひとつだけです。
25年先は、分かりません。 アセンブラでソートを書いていた人間が、いまAIに文章を手伝わせています。そういう幅で、物事は変わります。
それでも、家は建ちます。当てようとしなくていいのだと思います。 当時できることを、当時できる範囲でやる。あとで替えられるようにしておく。私にできたのは、そこまででした。
今日が人生で一番若い日です。ぜひ、今日から一歩踏み出しましょう。


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