私には、45年以上続けている趣味があります。ラジコンです。
週末になると専用の飛行場へ行き、飛行機やヘリコプターを飛ばしています。80代の先輩が今も飛ばしているので、私もあと20年はやるつもりでいます。
今日は、この45年の話を書きます。老後の趣味を探している方に、ひとつの選択肢として届けば幸いです。
始まりは、タミヤのポルシェでした
そもそもの入口は、飛行機ではありませんでした。タミヤのRCカー「ポルシェ934」です。もう50年も前になります。
当時のセットは、実にシンプルなものでした。プロポ(送信機)、受信機、サーボが2個、そしてニッカドバッテリー。これで走らせることができたのです。
そして——この一式を、そのまま空へ転用したのが、私のラジコン飛行機人生の始まりでした。地面を走らせていた道具で、今度は空を飛ばそうというわけです。
最初の機体は、バルサキットのグライダー。木を組んで作るもので、数千円だったと思います。主にバルサ材を使い、強度が必要な部分にはベニヤ材を使います。
この45年で、何が変わったか
長く続けていると、技術の変化がそのまま見えます。私が始めた頃と今とでは、まるで別の趣味です。
プロポ(送信機)
昔はFM方式でした。何が大変かというと、チャンネル管理が必須だったこと。同じチャンネルの電波が飛べば、他人の機体が言うことをきかなくなり、墜落します。飛行場では、誰がどのチャンネルを使うか、厳密に管理していました。
それが今は2.4GHz帯が主流です。送信機が自動で空きチャンネルを探してくれるので、周波数を気にする必要が、まったくなくなりました。あの緊張感を思うと、隔世の感があります。
バッテリーと動力
これがいちばん大きな変化です。
当時のバッテリーはニッカドしかありませんでした。とにかく重い。電動でも飛ぶことは飛びましたが、とにかく機体が重くなりました。ですから当時の動力は、実質エンジン一択だったのです。
それが今はリポ(リチウムポリマー)バッテリーのおかげで、電動がエンジンを凌駕するパワーを持つようになりました。始めた頃には、想像もできなかったことです。
機体
昔はバルサキットがほとんど。木を切って、削って、貼って、自分で組み立てるのが当たり前でした。今は、完成に近い状態で買えるものも多くあります。
今、11機を登録しています
2022年、法律が変わりました。首相官邸にドローンが侵入した事件をきっかけに、無人航空機は登録制になったのです。
これを機に、私は手持ちの機体をかなり整理しました。そして「常に飛ばせる状態のもの」だけを11機、登録しました。(その後、少し増えていますが……。)

ヘリコプターが3機、飛行機が3機、グライダーが3機、モーターグライダーが2機。飛ばすものによって、まったく楽しみ方が違います。
なお、この制度はその後、少しずつ緩和されてきています。たとえばラジコンクラブの飛行場内で飛ばす場合など、一定の条件のもとでは扱いが変わってきました。ルールは今も動いているので、これから始める方は、必ず国土交通省の最新の案内か、入るクラブで確認してください。

いくらかかるのか(正直な話)
これから始めたい方が、いちばん知りたいところだと思います。正直にお答えすると——ピンからキリまでです。
まず、必要なものを整理しましょう。
- プロポ(送信機)、受信機、サーボ……これは共通で必要
- 機体本体
- 動力(ピュアグライダー以外)
- エンジン機なら……エンジン本体、燃料、始動用の道具
- 電動なら……モーター、ESC(スピードコントローラー)、リポバッテリー
これらを揃えると、安いトイラジコンなら2万円くらいから。上を見れば、軽自動車が買えるくらいまでいきます。
もっとも、いきなり高いものを買う必要はありません。私も最初は数千円のグライダーでした。
飛ばすだけではない、クラブの仕事
私が所属しているのは、専用の飛行場を持つクラブです。歴史があり、日本選手権の会場になったこともあり、地区の予選会場にもなっています。

この広さは、写真ではなかなか伝わりません。当時、機体にカメラを載せて撮った映像も置いておきます(音が出ます。音量にご注意ください)。
クラブの現状も、正直に書いておきます。
- 会員は40人ほど。年会費は25,000円(飛行場の維持費は、この会費と、ショップからの補助で賄っています)
- 年齢層は60代以上が基本。ラジコン人口が増えていないので、年々上がっています(会員の息子さんが1人いて、その方だけ30代です)
そして、飛ばすだけではありません。飛行場は、自分たちで維持しています。
- 毎週の草刈りと除草剤撒き
- 年に数回の飛行場整備
さらに、こんなこともあります。誰かの機体が墜落すると、全員で捜索に向かうのです。運よく滑走路に落ちればいいのですが、たいていは藪の中。みんなで草をかき分けて探します。
おかげで、飛行場を歩き回るだけで、けっこうな運動になります。座ってやる趣味だと思われがちですが、意外と体を使うのです。
大会もあります
クラブでは大会も開いています。25クラスエンジン機のパイロンレース、電動機パイロン、スケール機パイロン、グライダー大会など。私はクラブの大会にはほとんど出ますし、メーカーの大会も、用事がなければ参加します。
45年で、忘れられない三つのこと
① 空中衝突で、翼を失った
パイロンレースの最中でした。ベテランの機体と、私の機体が空中で衝突。右の主翼を失って、そのまま墜落しました。

悔しかったのは、順位ではありません。その機体が、もう売っていないものだったことです。これは、今でも残念に思っています。
② 初めて、サーマルを掴んだ日
ハンドランチグライダーという、手で投げて飛ばすグライダーがあります。動力はありません。
その機体で、初めてサーマル(上昇気流)を掴んだときのこと。機体が、ぐんぐん、ぐんぐん上昇していったのです。エンジンもモーターもないのに、空に吸い込まれるように上がっていく。

あの感覚は、何十年経っても忘れられません。自然の力を、指先で読み当てた瞬間でした。
③ 泣く泣く、燃やした
そして、これは最近の話です。少し切ない話でもあります。
腕が上がって、最近はまったく墜落しなくなりました。すると、どうなるか。機体が減らず、どんどん増えていくのです。置き場所には限りがあります。
それで——泣く泣く、焼却しました。

自分で組み立て、何度も飛ばした機体です。写真を撮る手が、少し重かったのを覚えています。うまくなった結果として訪れた、思いがけない別れでした。
60代の趣味として、これは強い
老後の趣味として、ラジコンをどう思うか。私の実感を書きます。
まず、体力的には十分続けられます。80代の先輩が現役なのですから。私もあと20年は飛ばしたい。
そして何より、この趣味には二つの時間があります。
- 自宅で機体を作る時間
- 飛行場へ持っていって飛ばす時間
作るときは、細かい作業の連続です。飛ばすときは、一瞬の判断が求められます。つまり——
頭も、目も、繊細な指先も必要。ボケる暇がありません。
これは、冗談ではなく本気でそう思っています。退職して、何もしないでいると、頭も体も鈍っていきます。その点、この趣味は容赦がありません。手を抜けば、機体は落ちるのですから。
これから始めたい方へ:二つだけ、お願いがあります
最後に、これだけは伝えさせてください。ラジコンを始めるなら、この二つは必ず守ってください。
① 必ず、近くのクラブに入ってください
ネットで買って、近所の広場で飛ばす——これは、絶対にやめてください。
法律の問題もありますし、何より危険です。ラジコン機は、当たれば人を傷つけます。飛ばしていい場所で、教えてくれる人のもとで始める。これが鉄則です。クラブには、必ず先輩がいます。
② 必ず、保険に入ってください
ラジコンには、専用の保険があります。事故が起きてからでは遅いのです。
ちなみに私は、40年以上、一度も使ったことがありません。それでも入り続けています。使わずに済むのが、いちばんいいのですから。
まとめ
50年前、タミヤのポルシェから始まりました。プロポとサーボ2個を空へ転用して、バルサのグライダーを飛ばした18歳の私は、まさか60代になっても同じことをしているとは思わなかったでしょう。
技術は変わりました。ニッカドはリポになり、エンジンは電動に押され、登録制も始まりました。それでも、空を飛ぶものを自分の手で操る面白さは、45年変わりません。
もし、退職後の趣味を探しているなら。頭と目と指先を使う、こういう世界もあります。
今日が人生で一番若い日です。ぜひ、今日から一歩踏み出しましょう。


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